『追憶』







(4)




「トリコ!」
「トリコさん!」

「…よぉ」

6日ぶりのトリコはいくらか痩せているようだった。
食事も摂らずにハントに集中していたに違いない。
空腹のトリコは機嫌が悪いのが常だったが、小松の姿を映したトリコの瞳は安堵と優しさに満ちていた。

「トリ…コ…ざぁん…ッ!ぼく…ごめんなさい…ごめんなさい…っ!」
「もう大丈夫だからな、小松。」

ベッドから降りようとした小松を制して、傍らに膝を付く。
小松の頭を撫でている目は優しく、小松が繰り返す謝罪の言葉はトリコの胸板に優しく遮られた。






「これ…何ですか」

小松の手の中には小さな実が乗せられていた。
どうせこの会話も忘れてしまうのだから構わないよね、と目で合図をしてココは説明した。

「シラズの実って言って、実の汁を飲んだ人間は記憶を10日分無くしてしまうんだ。本当は1週間でなんか戻ってこれない場所に生えている植物なんだよ。間に合ってよかった。」
「3つしか生ってなかった。絶えちまうから2つしか採ってこれなかったがな。」

シラズの実はブルーベリーに似た形で、ひどく小さいものだった。

「これを飲めば、あの時の事は全部忘れられる」
「副作用もないんだ。安心して、小松くん」

小松は空いている手を伸ばして、ココの手から2つ目の実を摘み取った。

「トリコさん、ココさん」
「ん?」
「なに?小松くん」
「二人分なら…お二人で飲んでください」

右手と左手に一粒ずつ乗せられ、トリコとココの目の前に差し出される。

「小松くん?!」
「小松?!」
「トリコさんのハントを邪魔して、ココさんにとても迷惑かけて…ボクこそお二人に飲んで貰わないと申し訳ないです!」

小松の手は震えていて、まるで初めて目覚めたときのようだった。
ココは実を潰さないように、小松の手を両手で包み込む。

「何言ってるんだ。小松くんをこのまま帰すなんてボクにはできないよ」

小松の身体は一見回復したように見えるものの、全回復とはとても言えなかった。
少しでも小松を知る人物なら、容易に不調を察知するだろう。

「忘れちゃ駄目なんです」

それでもそう言う小松の目は力があり、そして真剣だった。

「忘れたら…きっとまた繰り返す。またお二人に迷惑をかけてしまう。そんなのは嫌なんです!」

人は間違い、失敗を繰り返して成長する。
だが、今回は小松は何も間違った事はしていない。

「オレが居る限り、同じ目になんか合わせねぇ。だから今回だけは飲め、小松」
「そうだよ小松くん!ボクだってキミを守ると誓うよ!」
「嫌です」

こんな時の小松は決して譲らない。
美食屋相手でも怯まないその厳しい目は、トリコ達が小松に惹かれた目でもあった。

「どうしても飲まないって言うのか」
「どうしても、です」
「ああ、そうかよ」

トリコの纏う空気が変わる。

「小松がそう言うなら、こっちにも考えがあるぜ」

言うが早いか、トリコはベッドに上がり小松のパジャマを掴むと乱暴に引き裂いた。

「――ッ?!」

脳裏にフラッシュバックする記憶が小松の身体を堅くした。

「嫌でも忘れたくなる状況にしてやるよ」



いつの間にか、ココの姿は部屋から消えていた。



遠くでキッスの羽音が聞こえた。





続く




※期待されてもアレなのでもう一度書いておきますが、直接的な表現はありません…。