『追憶』







(3)


「ココさん、このスープとても美味しいです」

2日後、同じように朝に目覚めた小松は、落ち着いていた。
その日は朝から小雨が降っていたが、穏やかな湿度は陽の光にも負けないくらい、部屋を暖かく包んでいた。

「まだ身体が食べ物を受け付ける状態じゃないからあまり沢山食べたらダメだからね。」

目覚めた次の日も、小松は何とか落ち着いてスープを飲んだが、記憶と一緒にもどしてしまっていた。

「明日にはトリコが帰ってくる。それまでにゆっくり体調を戻しておこう」
「…トリコさんは…?」

自分はトリコに見限られたのではないか、と小松は心のどこかで思っていた。
勝手に逸れて、トリコのハントを邪魔した自分が情けなかった。

「今のキミに必要なものを取りに行ってるんだ。大丈夫、危険はないよ」
「トリコさんは…もちろん知ってるんですよね…ボクの…こと」
「…キミをここまで運んでくれたよ」
「トリコさんは悪くないんです…勝手にはぐれたのはぼくなんですから…」

枯れることのない涙が頬を伝う。何度見ても心が痛んだ。

「キミだって悪くない」

小松は笑顔だけをココに向けた。
その笑顔は寂しさを湛えていた。
ココは思う。
キミの笑顔はいつだって純粋でボクには眩し過ぎた。なのに今は形だけで何も照らさない。
長い瞬きの後、ココはせいいっぱいの笑顔で小松に応える。
拙い笑顔はお互い様だった。







翌日。キッスは朝から居なかった。
おそらくはトリコを最速で家に連れて帰るために空港で待機しているのだろう。絶滅危惧種のエンペラークロウが捕獲を厭わず佇むなんて、ハンター達は驚くだろう。勿論、捕らわれるような彼ではない。
小松はそれを聞いてから落ち着かないようだった。

「いつごろ帰ってくるんでしょう?」

待っているような、待っていないような口ぶり。
心の準備が出来ないのはココも同じだった。

「トリコの奴、電話くらい入れればいいのに」
「トリコさん携帯電話持ってるんですか?」
「持って無い」
「…ですよね。基本的に電波の届く範囲に居るわけないですし」

小松の身体はかなり回復していた。
夜は催眠誘導の香がなくても眠れているし、昼間はココとこんな風に他愛も無い会話が出来ている。
それでも精神の回復は時間がかかるだろう。



キッスの羽音に最初に気が付いたのは意外にも小松のほうだった。



続く



…キッスの性別ってまだ出てなかったですよね(^^;)