注・直接的表現はありませんが、小松が酷い目に合う描写があります。
少しでも苦手な方は読まないことをお勧めします。








『追憶』










(1)




死体、ではなかった。


並外れたトリコの嗅覚は100m先に横たわる小松の呼気を感知していたし、同様に並外れた視力は小松の肩のわずかな揺れを捉えていた。
死んではいない。
だが、小松にとっては死んでいたほうが良かったのかもしれない。
小松の身体に纏う複数の人間の臭いは、怖い物知らずのトリコの足を僅かに止めた。





トリコがハント先で小松と逸れるのは、よくある事だった。
トリコは小松の保護者ではなかったし、小松もそれは望んでいなかった。
そうでなければトリコは、いちコックでしかない小松を危険地帯へ連れてきたりはしない。
現に今までも一緒に来たIGO職員の死体を持ち帰った事が何度もある。同行者の死は慣れていた。

が。

同行者が乱暴されたのは初めてだった。


女を連れた事はないから、その点での予想が付かなかったのは言い訳に過ぎないのか。
いや、女ならもう少し丁寧に扱われたのかもしれない。
おそらくは、非力である、華奢である、という程度の青年は、欲望のはけ口としてしか扱われなかっただろう。
小松は裸のまま放置されていたのだから。










ほとんど羽音を立てずにキッスが家に戻ってきた。
少し前に飛び立ったとき、誰か――トリコか小松を迎えに行ったのは、ココには容易に想像できた。
が、出迎えたのはいつもと様子が違う友人“達”だった。

「トリコ?」
「ココ、小松を頼む」

トリコが突然やってくるのは慣れていたが、こんなに切羽詰ったトリコを、ココは見た事はなかった。
髪はボサボサ、服はボロボロ。
品の無い姿は相変わらずだったが、表情は品などと言っている場合ではない形相だ。

「小松くんを…?何かあったのかい?」
「…ケガは大したこと無い…だが、頼む。お前にしか頼めねぇ」

小松はどうやら毛布に包まれているらしい。壊れ物のように両手で抱えられていた。トリコは何も言わずその塊をココに手渡した。
毛布をそっとはだけると、ココの端正な顔が歪んだ。

「これ…は…!」

身体を洗い清められていても、小松の惨状には察しがつく。
小松をこんな目に合わせた奴らに対する怒りで肌に毒が滲みそうになるのを、ココは押さえるのに必死になった。
今毒を出しては小松を感染させてしまう。

「安心しろ。そいつらはオレが見つけて“駆除”しておいた。まだ近くに居やがったのが幸いだった」
あまり時間がないからな、と続けてトリコはキッスの脚を掴む。

「トリコはこれから…?」
「シラズの実を取りに行って来る。一週間で帰る。それまで…頼む」

シラズの実とは、食べた人間の記憶を10日分消し去ってしまう木の実だ。
犯罪被害者などに処方される事が多いが、悪用される事も多いので、IGOに徹底的に管理されている。自生するシラズの実はごく僅かだ。

「まかせてくれ。キッス、トリコを空港まで最速で頼むよ」

ココがそう言い終わる前に、トリコを乗せたキッスはあっという間に視界から消えた。
キッスもまた、小松を助けたかったのだろう。






続く