「わかりました。」





 小松くんが、怒った・・・。

 小松くんが提案した「ルール」のなかで、特筆すべきものは「三人でいる時しか」という条件が多いことだ。そう、ふたりでいる時はだめ。職業も住む場所も違う。会う機会はただでさえ少ないのだ。これが「三人」そろうとなるとかなり難しくなる。一ヶ月会えないのも珍しくはない。
 だからぼくも小松くんに提案した。
「ふたりでいる時に触れもしないのは辛い。トリコにも了承をとるから、ふたりでいる時間も大切にしたい」
 ぼくの提案はおかしくない。ぼくだって小松くんにキスしたいし、小松くんだってぼくやトリコと関係を深めるのを望んでいるはずだ。三人じゃないからといって、機会が減るのはもったいない。
 長い沈黙の後、小松くんは言った。
「わかりました」
 イスから立ち上がる。
「ココさんの考えがわかりました。でもぼくはうなずけません」
 小松くんはぼくの前から姿を消した。
 小松くんの「わかりました」が拒絶だと気づいたのは数時間後の話だ。それからはメールもない。


 ぼくはトリコに相談した。家業(副業)が占いでも自分のことはわからないからアドバイスをもらうしかない。
「怒ってるよなあ」
「怒ってるだろ」
 トリコは平然と返す。こいつの取り繕わないところに救われるが、こんな時は胸がえぐられてきつい。
「なんでだと思う?」
 小松くんが間にいるぼくとトリコの関係は、本当ならライバルになるのだが、仲間で納まっているから不思議だ。
「小松はさ、おれとココが好きだって言ったんだ。どちらも選べないって。どちらも選べないならどちらも選ばない。ただひとりのひとになれないから、誰かのものにもならないって」
「・・・やけに小松くんに詳しいな」
 トリコの饒舌ぶりに嫌な予感がする。
「おまえ、おれが先に小松に告白したってこと、忘れてるだろ?」
 たくさん口説いたぜ、と悪童の如くトリコが笑った。
 今になって出遅れた自分が恨めしく思う。でも先に告白していたら、ぼくはトリコのように最初は断られただろう。
「誰に対しても丁寧なあいつがさ、三人で、なんてとんでもないこと口にしたんだぜ? それなりの覚悟があったはずだ。甘い時間のために自分の覚悟をくつがえすとは思わねえ」
 トリコは自信たっぷりに言った。
 ぼくの提案は、小松くんの覚悟をみくびるものだったのか? だから彼は怒ったのか? ぼくとトリコを欲しいと言った彼を、苦しませるものだったのか?
「最初はさ」
 落ち込んで言葉がでないぼくに、トリコが話しかけてくる。
「三人で、なんて面倒臭えと思ったぜ。だけど、三人で会えるように時間をやりくりして、会える時を待ち遠しく思って毎日過ごすのも悪くないって思うようになった」
「うん、楽しい」
 そして幸せだ。
「傍から見れば非常識三人組みだろうけど、おれたちがそれでいいなら問題ないだろ」
 トリコは実にあっさりしていた。難しく考えていたいのはぼくだけみたいで恥ずかしくなる。
「反省タイムが終わったら行くぞ」
「どこへ?」
「小松に会いに」
「でも今日彼は仕事だ」
「仕事するものがなくなりゃ早くあがれるだろ」
「そんな強引な」
 トリコの考えは簡単だ。小松くんが勤めるレストランの食材を食い尽くすつもりだ。接客する側としてはこれほど迷惑な客はいないだろう。
 だけどぼくは、トリコの案に乗った。せめてものフォローとして、小松くんにこれから食べに行くと連絡をいれる。
『わかりました』と苦笑まじりのその声は、いつか聞いた怒りや失望と同じ響きではない。ぼくが小松くんを意識した一言に似ている。諦めるのでなく受け入れる、彼の度量の広さは並ではない。
 恐れ入ります。





end


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