「それで、どうします?」





「うまそうだろ」
 悠然と腕を組んだトリコが示した先にはシェフがいた。トリコの視線は食材ではなく、調理する小松くんに注がれている。
 なんの変哲もないスイーツハウスが唐突に不思議な空間に変わった。
 トリコのせいだ。
 うまい食材を手に入れたから食いに来い。小松が新しいレシピを考案したと、トリコの誘い文句に裏はなかった。
「食べたいのかい?」
 探るように問いかければ、
「おまえも思っているだろ?」
 意地悪く返された。付き合いの長いトリコには見透かされている、ぼくの気持ちを。

「一緒に食っちまおうぜ」
「彼に対して失礼だ」
「体温あがったな。満更でもないって思ったろ?」
 ひとを馬鹿にする台詞に叱りつけてやりたかったが、声がでなかった。これでは肯定しているのと同じだ。動揺と指摘された羞恥にポイズンが無意識に生成される。
「煮え切らねえなぁ。こいつを放っておれとやるか、小松?」
 キッチンにいると思っていた小松くんが、いつの間にかトリコの傍にいた。
「それはおふたりに対して不誠実だからできませんって言いましたよね?」
 トリコの台詞に動じることなく、小松くんは言った。
 状況がまったく掴めない。
「小松に好きだからやらせろって言ったんだよ」
 親切にトリコが説明してくれるが、本気で殺意が芽生えた。ぼくの知らないところで手を出していたとは!
「ぼくはトリコさんもですが、ココさんも好きです」
 小松くんはトリコの横を通りすぎ、ぼくの前まで来た。
「不誠実です。ぼくはこんな自分が嫌いです。トリコさんは気にしないと言ってくれましたが・・・」
 ふたりのひとを好きになる。確かに不誠実だ。こんな自分が嫌いだと言う。不誠実な自分を認めたうえでの台詞だ。常識人の小松くんにこんな告白をさせるのが、愛ゆえだとしたらミラクルだ。
 ぼくは小松くんが好きだけど、自分の体質を考えればひとと関わらない方がいい。そしてトリコの気持ちも知っていて、コイツを押しのけてまで小松くんを手に入れる気概が、残念ながらぼくにはなかった。
「ぼくはふたりといたいけど、ココさんが気持ち悪いと言うなら・・・」
「そんなことココは思わねえって」と小松くんの背後からトリコが口を挟む。
 小松くんは沈黙した。言葉を捜しているのではない。答えが見つかっているからこその沈黙だ。
 今、小松くんは勝負をしている。並々ならぬ決意が彼の全身から漂う。
 ぼくが拒めば小松くんはぼくらの前から去るだろう。小さな体に大きな決意をさせるものがぼくらにあるとしたら嬉しい。
 ぼくは小松くんの手をとった。水気を感じるその手を逃さないよう握りしめる。
「好きだよ」
 告白する。勢いだけど、臆病なぼくは勢いの力を借りなければなにもできない。
「ぼくも好きです」
「おれも好きだからな、小松」
 トリコが小松くんの肩を抱いた。奴のなかでなにか解禁になったようだ。
「ついでにココも」とトリコは茶化す。
 ぼくも小松くんを好きなおまえに好感度があがったが、これは内緒だ。
「それで、どうします?」
 ぼくとトリコに挟まれた小松くんが、困ったように、それでもきっぱりと口にしたのは、「恋人同士のルール」だった。
 住むところも住む世界もばらばらな三人が付き合うのだ。うまく続けるための努力は必要だという小松くんは大人だ。
 ぼくもトリコもちょっと驚いたけど、関係を大切にする提案は、それだけでぼくらを堪らなくさせるよ、小松くん。





end


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