『追憶』







(6)




「ココさん、トリコさん、お世話になりました!」

数時間で目が覚めた小松は、「泊まっていけばいい」という誘いを断って玄関の扉を開けた。
日が沈んでからだいぶ経ち、人里離れたココの家の外はもう真っ暗だったが、当初の休暇予定を大幅に過ぎている小松は帰るといって聞かない。
電話の向こうの局長が構わないと言っていたが、小松は押し切った。

「オレはココと話があるから見送りはここまでだ。気をつけて帰ろよ、小松」
「キッス、向こう側までとは言わず、小松くんの家まで送ってあげてね。小松くん、近くにキッスの降りられそうな場所はある?」
「公園があります。人がいないのを確認してから降りれば…大丈夫だと思います!ありがとうございました!」
「崖から落ちてアタマ打ってんだ。無理はするなよ」
「はい!ココさん、また来ますね!」
「気をつけて」

屈託の無い小松の笑顔が、瞬く間に視界から消え去った。
ココは名残惜しい気持ちで一杯だったが、それ以上に安らかな寝顔を存分に見れたのだからいいか、と肩をすくめた。
そして同じように名残惜しい顔をしたトリコを見る。

「トリコ…話があるって…まさか、覚えてる?」

小松が崖から落ちて記憶障害を起こした、と設定付けたのはココで、トリコにも同じ説明をした。

「いや、何も。だけど何かあったんだろうな。10日分の記憶が抜けるのはシラズの実しかないし、オレ以外が採りに行くのも変だ。飲んだのもオレの意思だろう。自分でシラズの実を飲むなんて相当だ。小松も記憶が無いのなら…恐らく何かあったのはオレじゃなくて小松の方。」

さすがに、トリコほどの者に記憶障害を起こさせる理由には足りなかったのかもしれない。

「推理するのはそこまでにしときなよ」
「だな」

忘れなければならないと決めたのは自分なのだから。

「トリコ」

冷たい風と闇の中、ココは小松の消えた空に向かい直して呟いた。

「ボクは小松くんのことが好きなんだ」
「そうか、オレもだ」

いきなり何を、などとは言わず、トリコは応える。

「小松くんを、愛してる」
「…そうか」
「小松くんを、愛してもいい?」
「オレに聞いてどうすんだよ」
「…先手ぐらい打たせてよ」
「先手、ねぇ」

ココは自分の事を少し卑怯だと解っていた。
自分のしている事は、ゲームでいうなら「待った」の上の仕切り直しだ。
しかも相手は覚えていない。

「…今の、忘れていいよ」
「オイオイ、これ以上まだ忘れろってか?」

強い風が吹く。
谷底に消える風は口から吐いた言葉を消し去るのか、どこかへ届けるのか。

「シラズの実、かぁ…」

自分の体に残る傷が、ハントの過酷さを想像させる。
恐らくは『食べたい』という気持ちを持たずに採りに行ったのだろう。小さな傷がいつまでも痛んでいるような気がする。

「何より惜しいのは…」
「?」
「シラズの実の味を覚えてないことだな」

誰も知ることのできないシラズの実の味。味を知る事が出来るのはココのような特異体質者ぐらいのものか。

「ハハ…トリコらしい。…そうだね、甘酸っぱい匂いだったよ。」
「ふぅん」

トリコはさして興味の無い返事をした。


自分の体に残る小松の残り香以外のものは興味が無かった。



もう少しだけこの香りを覚えていたくて、家主より先に家の中へ戻った。







end
2009.1.26
ミズズ






あとがき

連載形式は思った以上にキツかったです。
ある程度まで書いてはあったのですが、書きながら変わる事もあって、読みづらい部分があったかもしれません。
今後は分割しないように書いていきたいです(^^;)
てか、分割する程の長さのものが書けるとも思わないですし…(^^;)

お付き合い、ありがとうございました。