『衝動』
「…松くん?小松くん?聞こえる?」
「どうだココ?視えるか?」
「意識は戻った筈だよ。小松くん、しっかりして」
「…ココ、さん?」
荒い息の中、小松は何とか自分を支える人の名を口に出した。
「ぼく…?…なんだか…身体が熱くて…変なんですけど…」
気付けばココの家の床に座り込んで二人に上半身を支えられていた。
冷たい筈の木の床が、熱のせいか気持ち良かった。
「それは薬のせいだ、小松」
「トリコ…さん?」
「君は『大王麻』っていう強力な精力剤を飲んじゃったんだ、覚えてる?」
意識の戻りつつある頭で考えるが、覚えがない。頭を横に振ると、ココがトリコの蒼い髪を掴んで小松の目の前に差し出した。
「このバカが唐辛子みたいな言い方をしたのをキミが疑いもなく口にしちゃったんだ」
唐辛子なら覚えがある。食べれば身体がポカポカだ、というような触れ込みで目の前に出されたのだ。口に入れた瞬間、二人が青くなったのを思い出す。
「あつ…い」
だがその記憶もすぐに熱に掻き消される。
「苦しくても聞いてね、小松くん。解毒剤はないんだけど大丈夫…その…5回ぐらい抜けば落ち着くから」
「抜…く?」
「そりゃ精力剤なんだからオナ」
トリコのストレートな物言いは、ココの拳骨によって阻まれた。
「ってェ!」
「悪いけど…その、ボクの家には何もなくて」
「エロ本とかの類の事な」
「…。ボクらは向こう岸にいるから楽になって落ち着いたら呼んでくれる?寝室もバスルームも好きに使っていいからね」
「自分でシコって、薬が抜けたら呼べ。我慢すると抜けにくいから声は殺すなよ」
「下品な通訳をするな!」
「小松は辛いんだ。遠回しに言っても時間の無駄だ。」
誰のせいでこんな事に、と言う時間すら惜しいのだとトリコを睨む。
「…。小松くん、キッスを外に待機させておくから何かあったら声をかけて」
言葉を理解しないキッスを介すれば気も楽だし、恥ずかしさも減るだろう。
頭を撫でて二人が小松のそばを離れようとした時、小松がココの服を掴んだ。
「え?」
「ん?」
「…に…で」
だんだんと上がる息の合間で言葉を繰り返す。
「ひとり…にしないでくださ…い」
「小松くん」
「小松」
「こ…怖いんで…す…身体が…自分の身体…じゃな…いみたい…で…」
成人男性の規定量以上の量を小柄な小松が飲んだのだ。不安にならないわけがない。
「手伝うぞ、ココ」
「て、手伝う…って?!」
「いいんだな、小松。それとも指名はあるか?」
ココの服を掴んでいない方の手がトリコに向かい、力の入らない手で服を掴む。
「たす…け…て」
色の混ざりつつある虚ろな目に捕らえられ、ココも覚悟を決めた。
「任せて、小松くん」
「すみませ…」
「謝るのはオレ達も同じだ。だからどっちもどっちって事でコトが終わったらお互い忘れる、いいな小松?」
どう考えても悪いのは小松ではないのだが、小松の気持ちを楽にさせるために妥協案のような形を取る。
再び熱に浮かされ始めた小松が頷く。もはや言葉を紡ぐ力もないようだった。
「風呂場にするか」
服を握る小松の手を優しく解くと、両手で抱え上げ、勝手知ったるバスルームに向かう。
「湯は出るか?」
「大丈夫だよ」
「よし」
そのまま洗い場に行こうとしてトリコが立ち止まった。
「…っと、頼む」
意味を悟ったココが、トリコに抱えられた小松の服を脱がしていく。少しずつ露わになる肌はじっとりと汗が滲み、脱がすのに手間取った。だがその手間取りがかえってココを冷静にさせた。既に主張し始めている下着を下ろす時はさすがに動揺してしまったが。
「ホラ」
小松の身体をココに渡すと、トリコは手早く自分の服を脱ぎ始めた。
「トリコ?!」
「…下着を汚さない自信がない」
トリコの言う“下着”が小松のものではないのは明白で。
それは、つまり欲情する可能性があるという事だ。
ココは慌てて小松を見るが、既に意識が飛んでいるのか、反応はない。
全裸になったトリコが再び小松を受け取る。
「お前も脱げよ」
トリコの誘いに、ココは自分がもう止められない歯車の中にいるのだと理解した。
「ぁ…あ…ッ!」
小松は背後から抱かれたトリコの掌の中で2度目の射精を果たした。
すかさず正面からココが身体へキスの雨を降らせる。
絶え間無く続く愛撫に耐えられず、小松は再び意識を飛ばした。
「ンっ…ぁ、ぁ、あ、ァあ…!」
トリコの手の動きに合わせて声が漏れる。
この様子だと次の波もそう遠くはないだろう。
「小松…」
耳元でトリコが引く囁き、耳たぶを甘噛すれば、ぶるりと身体が震え、小松はまた主張を始める。
オレの声で感じてるのか?と煽りたくなるが、意識が戻ってからだ。
空いた右手でリンスのボトルから少量を手に取ると、同じく主張している胸の尖りを指で転がす。
「はぁ…ンんッ!」
ぬめりを借りて何度も行き来するうちに固さを持ちはじめた小さな果実に気づいたココが舌で愛撫する。
「ひゃ…あ!」
こっちはココに任せる事にし、トリコは滑る指を閉ざされた門に到達させ、侵入させた。
「ひ…ぃ!」
身体に感じたであろう違和感は小松の意識をまた現実に引き戻した。
「ゃ…あ…」
指の関節を曲げて前立腺を探し当て、両手で刺激してやれば、すぐに精を吐き出す。
左手で幹を扱くと小松の眉間にシワが寄った。
「痛いみたいだ、そこはもう止した方がいい」
「薬は?」
「…まだ抜けきってない」
「…止めるなよ、ココ」
抜けきってないだけで、意識は戻りつつあるのがわかっていたが、快感に支配されたこの身体では、もう自慰は無理だろう。
「後ろからにしろ、小松くんが辛い」
「もう少し拡げねーとな…」
「オイルとゴムを持ってくる。無茶はするなよトリコ」
バスルームから移動する時間が惜しかった。こんな時サニーの能力が羨ましい。
「ぁあっ!ゃ…あン、ぁ、ぁ、…ダ…も…っイク…あ!」
背後から聞こえる嬌声に、ココは対抗心を煽られる。
自分ならもっと鳴かせられる、身体を視ながらいいところだけを攻めて声が擦り切れるまで鳴かせてみせる。何なら毒を入れて快感だけを高めてもいい。
思ってもみなかった自らの性癖にココは苦笑いする。
トリコをたしなめていたのは誰だ。
「どう?」
「まだ1本のままだ」
「…そっちじゃなくて、小松くんの様子」
「わかんねえ」
人の繊細な機敏をトリコに聞くのが間違いなのかもしれない。
諦めて小松の顔を覗き込むと、視界に屹立したトリコのものが目に入った。側にある小松の手は、恐らくそれに向かって伸ばされているのだろう。
「……」
きっと、意識がかなり戻ってきているのだ。
(自分ばかり…とか思って奉仕しようとしてる?)
「トリコ」
持ってきたオイルを指の収まる菊門に垂らすと、小瓶を床に置き小松の身体を支えた。
指が増やされるたびに額を流れる汗をキスで拭う。
3本目を挿れてから暫くの後、トリコは片手で器用にゴムを装着してオイルを絡めた。
「力、抜いてね、小松くん」
「…は…ぃ」
言われなくてもきっと力は入らないだろう。
だから今の言葉はこれから挿入される事を伝える合図だ。
ミシリ、と小松の身体を伝わった音がココの耳まで届いたような気がした。
「ぃ…ッ!」
すぐさまココは即効性の鎮痛剤と軽い筋弛緩系の毒を精製して唇から投与する。
それでも侵入は困難をきわめた。
「ぐ…ッ!…ァ、はぁ…ッ!」
小松の小さな悲鳴を聞きながら、ゆっくりと、確実にトリコの腰が突き進んでいく。
「入って…く…、なか…に入っ…て……ぁあ!…トリコ、さん、ココ…さん」
「小松くん」
ボク達はセックスをしている。
確信めいた思いが、ココの心を後押しした。
「好きだよ、小松くん」
鎮痛剤を投与した時とは違う口づけをする。
浅いが、心を込めたキスを。
「ずっと、好きだった」
「ココ」
想いを伝えなければならない。
薬の処置ではなく、セックスなのだから。
「好きだぜ、小松」
同じ思いを抱いたのか、トリコも耳元で小さく囁いた。
根本まで侵入したものをゆっくりと引き出し、また侵入させる。
繰り替えされる動きに合わせて小松の声が更に熱を帯びる。
「あっ…、ンぁ…っ、ィ…ィ、ゃぁ…ヘンに…な…、ヘンにな…る…!」
「ちょっとキツイが、我慢しろ」
ココが小松の上半身を支える腕に力を込めると同時に、トリコは腰を掴んで揺さぶり始めた。
「…!…ッあああっ!も…ッ、ダメ…ダ…メぇ!」
「ク…ッ!」
幾度かのピストン運動の後、深く腰を突き入れて、二人は同時に果てた。
トリコは、ズルリと自身を抜き出すと前を見据えた。
「ココ」
「……」
トリコの言わんとする事は理解出来た。
力無く抱かれる小松の身体の陰でトリコには見えてはいないだろうが、ココのものもかなり限界が来ていた。
「…駄目だ。もう小松くんが持たない。薬はもう大丈夫だよ」
「好きなんだろ、小松が」
虚ろな目の小松は壮絶な色香を放っていた。
薬が効いてた時よりも妖艶だと感じるのは気のせいだろうか。
「好きだよ。でも無理させるつもりはない。とても、大切な人なんだ」
「おっ勃てながら言う台詞かよ。おい小松、次はココが挿れる。大丈夫だな?」
「トリコ!」
「大…丈夫れす…」
「小松くん」
少々呂律が回らないのは、先程の筋弛緩剤のせいだ。
「好き…れす」
それでも瞳の奥の光は確かなものだった。
「お二人が…好…きらから…、ココさん…を、感じたい、れす」
勢いを失いかけていたものに欲が集まり始めるのを感じたココは、小松の身体を抱え直して耳にキスをした。
「…いっぱい愛してあげる」
トリコに拡げられたそこに、ココはゴムを装着させた自身を当てがう。
優しくする、とは言えなかった。
忘れているかもしれない、というココの心配は当てが外れ、トリコとココは数時間後に目覚めた小松から再び「好きです」と告げられた。
「頭が覚えてなくても、身体が忘れてねぇだろ、なあ小松」
「そうですよ。…って、ココさんの後は覚えてないですけど」
「いや、さすがに気絶されたら無茶は出来ないよ、あそこで終わったよ」
はにかむ小松の笑顔は、どこか昨夜の雰囲気を湛えていた。
「色々と…ご迷惑をおかけしました。…でも、嬉しかったです」
「お、おう」
「こ、こちらこそ」
ベッドの上に座って頬を赤らめて微笑む小松は、いつもより大人びて見えた。
「もっと早く好きだって伝えていたら、お二人を迷わせなかったんですね」
「言っておくけど、ボクのが先に好きになったんだからね」
「オレは…いつだったかな」
ため息と笑い声の後、3人はまた告白し合うのだった。
こんな始まりがあってもいい、と結論付けて、3人はまたまどろみの中に身を投じた。
【おまけ】
次の朝、身体が辛いのだから家まで送る、というふたりを小松は「じゃあ駅まで」とやんわり制した。
「次はいつ会えるかな?」
「得意の占いで視ろよ、ココ」
自分の能力をすっかり忘れていたのか、ココは慌てて小松を見た。
「…トリコさん、どうやらそんなに遠い未来じゃないみたいですよ?」
「なんで解る?」
「ココさんの顔、赤いですから」
「こ、小松くん。キミは…!」
見ればココは耳まで赤くしていた。
「そんな事まで視ちゃったんですか?…無粋な人ですね」
「ごめん。で、でも、キミが、そんな」
毒を纏ったかのように全身を赤く染めて、ココは混乱を収められないでいた。
「教えろ、ココ」
「ダメですよ、ナイショです」
「いきなり隠し事かよ!」
「精力剤だって事、隠してたのはトリコさんですよね?」
ぐうの音も出ないトリコは、頭の中で急ぎ再会の予定を立て始めた。
トリコが“思い立ったが吉日”という自身のスローガンを思い出したのは、小松が改札の向こうに消え去った後だった。
END
※ココが見た未来は何だったのか…は、ご想像にお任せします☆(笑)
※自分の中のエロ祭に忠実に筆を走らせました(笑) そんな作品ですが、感想などいただけたら嬉しいです(^^)
2009.5.10