『まるごとの君』
「牛蛇…って、この中にあります?」
ココの家には毒を持つ生き物の標本が数多く置いてある。
蜂や蜘蛛など、様々な昆虫や、爬虫類・両生類などの瓶詰めが部屋の隅に並べられていた。
むやみに触ってはいけないと言われている小松は腕を背中に回しながらココに尋ねた。
「牛蛇…?…出産を控えている知り合いでもいるの?」
「ええ、来月出産予定の従姉妹からちょっと頼まれたというか…ねだられたというか…」
「まだ高価な品だからね」
「そんなこと、言ってました。美食屋に知り合いがいるのなら、都合が付くか聞いて欲しいって。ボク、よく知らないんですが…薬みたいなものなんですか?」
「近いけど、ちょっと違うかな」
ココは多くは語らず小松の横で膝をついた。
「この中には無いよ、小松くん。牛蛇から取れる分泌液は生きてる状態でないと採取出来ないんだ」
「そうなんですか…。あの…ココさんに依頼すると、どのくらいかかります?」
きょとん、という顔のあと、ココは小松の額にキスをする。
「水臭いなぁ、ボクは小松くんの頼みなら何だってきいてあげるのに」
恥ずかしいセリフも、ココの口から言われると自然に聞こえてしまうのは、美しい顔以上にココが小松の恋人だからだろうか。
「いえ!だってこの依頼はボク自身のものじゃないですし」
「じゃあ、牛蛇のハントを手伝ってくれる?それが依頼料だよ」
「いいんですか?」
「今からなら、明日のうちには戻れるよ。従姉妹さんへのお祝いにしよう」
牛蛇、というのだから、牛のような大きな蛇かと思いきや、全長3m程度の蛇だった。太さも、ココの腕程度のもので、ココに言わせれば、捕獲レベルは2で、見つけ難いことだけが捕獲レベルのつく原因らしい。
それでもココは人並み外れた能力で、いともたやすく生け捕りにしてしまった。
時間にして1時間もかからなかった。日は落ちてはいたが、空はまだしばらくは明るいだろう。
持参した皮袋にノッキングした蛇を入れながら、ココが尋ねる。
「この蛇、どうして『牛蛇』って名前なのか、知ってる?」
「牛ぐらい大きいのかと思いました」
「牛を食べる蛇だからだよ」
「…は?牛って…牛ですよね?」
小松は両手の人差し指を顔の横に添えて確認する。
ココはそんな小松を見て微笑んむと、顔を寄せた。
「しかも、牛は丸呑みにするんだよ」
太い部分だけならココの身長よりも短いこの蛇のどこに牛を食べるだけの胃袋があるのだろう、と思った瞬間、ガララワニを食べつくしたトリコの顔が浮かんだ。が、いやいやこの場合丸呑みだから、と首を横に振る。
「そろそろ種明かしをしてあげるね、小松くん。この蛇は一見、普通の蛇なんだけど、口角やその他の部分…骨格以外の部分をものすごく伸ばす事が出来るんだ。蛇が自分の胴よりも太い兎なんかを飲み込むのは知ってるよね?その、特殊な例だよ」
「あっ!それで出産時に使うんですか!」
「そう。倫理的な問題はあるけど、この蛇の分泌液を塗布した皮膚は、一時的に弛緩するんだ。それも麻酔系とは違って、感覚は残るから出産の喜びを妨げないのが人気らしいよ」
塗布量の知識を持った医師が必要だから、治療費はまだまだ高価だとココは続けた。
「ボク達男には永遠にわからない痛みですね」
「…そうでもないよ」
ふわり、とココの手が小松の背に触れた次の瞬間、小松はやわらかな芝生の上に倒されていた。
「ココ、さん?」
見上げるココの顔は真剣で、艶やかな色を湛えている。
情欲の、色だった。
だが、ココはめったに無茶なセックスを強要しない。寝具のない所で押し倒されて、小松は驚くばかりだった。
「ボクはまだまだ自制がきかない男だったんだなぁ。小松くんが嫌なら、しないけど」
嫌ではない。が、いつもと違うココに小松は不安を隠せない。
「へ、いき、です…でも、どうして」
「試したくなっちやった」
「なに、を」
「牛蛇の体液」
平気だと告げた瞬間から、ココの手はあっという間に小松の服を剥いていき、自身も脱いでいった。が、逆に身に付けたものがあった。
薄いゴム手袋だ。
「まさ…か」
「ここに塗ったら…イイと思わない?」
臀部に回された指先が窄まりにたどり着くと小松が身を固くした。
「ゃ…」
「愛してる」
小さな不安を言葉とキスで包み込む。
戸惑う小松の視界の隅で、手袋をした手が革袋の中に伸ばされた。
「ひゃ…あン!」
陽はすっかり落ちきり、月明かりだけが二人の裸体を照らし出していた。
「…いま指が何本挿っているかわかる?」
「ぁ…っ、…んほん…4本…です…っ」
普段は2本でも窮屈なのが、軽々と親指以外の指を受け入れていた。
「痛くない?」
「…ィ…、たく…ないです…ゃぁ…掻き回さ…な…で」
感覚を失わないというのは本当のようで、指を動かすたびに嬌声が漏れた。
「ココさ…ココさん…!」
イイ所だけを責められ続けて、上も下もどろどろにさせながら小松はココの名を繰り返した。
「…ぃ…、こ…わぃ…ココさ…!」
「小松くん…?」
オーラから不安感を感じ取ったココは指を引き抜き、小松を正面から抱きしめた。
不安からか、小松は僅かに震えていた。
「怖かった?ごめんね」
説明されていても、身体の一部がありえないことになっていたのだ。混乱しない方がおかしかったのだ。
「その…いつも、小松くんが辛そうだったから…」
頬にキスを落として、頭を撫でる。
「ここまでにしよう」
それでも射精だけはさせておこうと身体を離そうとしたところを、細い腕で阻まれる。
「小松、くん?」
「怖いんです…」
「うん、…ごめんね、もうしないか…」「ココさんに嫌われるのが…怖いんです…」
「…嫌わないよ?それに無茶させたのはボクの方だから」
抱きしめられた腕が少しだけ緩む。
しばらくの沈黙の後、耳元で小松が囁いた。
「や…めないで下さ…い」
「…小松くん?」
「ココさんの、が…欲しくて…」
二人は同時に、体温の上昇を感じた。
「指だけでも…良すぎ…て、ヘンになりそうで…」
小松の腰が淫らに揺らぎ始める。
「こんな自分がいるなんて…お願いです…嫌いに…ならないで」
少々遠回しな誘い文句に煽られて、ココは激しく小松の唇を貪った。
「ン…!」
フェアではないと知りながら、キスの時間が惜しくて口付けながら小松の心情を読み取る。
怖かったのは薬ではなかった。
苦痛のない、快楽だけのセックスに、理性の箍が外れそうな自分が怖かったのだ。
ココは嫌うどころか、被虐的な気持ちが芽生えるのを感じた。
乱れるキミを、もっと、見たい。
「ボクも、怖いよ」
キスの合間に、小さく囁く。
「でも、今は二人で狂ってしまおう」
限界まで猛ったココのものを、すぼまりかけたそこに当てがった時、小松は淫らに微笑んだ。
「――ぁあッ!…め…だめぇ…!」
普段は身体の負担を考えて後背位でしかしないセックス。
今は正常位で顔を見ながらの交わっている。
「痛くはないはずだけど、なにがダメなのかな?」
意地悪く聞けば、照れる顔も恥ずかしがる顔も、すべて独り占めできた。
「意地…悪…ぁッ、そこ…ィイ…」
膝を抱えて深く腰を進めると、また嬌声が上がる。
「ッ…、奥…に……!」
「まだだよ」
ココは限界を迎えそうな小松の根元を握り、背中に手を当てて身体を引き起こす。
対面座位となった小松が、自らの体重でさらにココを奥へ導いた。
「――ひッ!!」
すかさずココは下から突き上げて揺さぶった。
「やだっ、やだ、やだぁ…っ!」
下肢だけで支えられ更に深く繋がる。
「ココさ…ココさぁ…ん」
苦しい筈の小松がココの肩に手をかけて腰を振る。
「小松くん…っ!」
まさか小松に追い立てられるとは思わなかったココは、あっさりと精を放った。
根元を握られた指が緩み、解放された小松が続いて吐精する。
「す…き…」
好きなのは激しいセックスなのか、ココなのか。
朦朧とする小松の目蓋にキスを落としながら、ココは複雑な気分で小松の中から自身を引き抜いた。
誰に見られるわけでもないのに、お姫様抱っこは嫌だと言うので、ココは小松を背負って帰路についた。
首に回る力の入らないその腕は、小松に惹かれた瞬間を思い出させた。
以来、ココは占いなどでは見えない、様々な小松を見てきた。
優しさ、弱さ、儚さ、強さ、愛おしさ、艶やかさ…そして懐の大きさ。
小さな腕からは想像できない、大きな器で毒人間の自分を受け入れた。
「愛してるよ、小松くん」
「…ボクも、です」
耳元で囁かれる。
首に触れる小松の頬が熱を持つのを感じた。
「やっぱり、顔が見たいな」
正面から抱え直し、キスをする。
「この牛蛇はプレゼントしちゃうから…また、ふたりで牛蛇を捕りに来ようね」
「……はい」
ふたりはもう一度キスを交わしながら、愛しい人にまるごと飲み込まれる錯覚をおこした。
それはまるで、牛蛇のように。
END
2009.7.11
歯が痛い時に浮かんだ、えろ妄想でした(^^;)
えろしーんは暗転する予定が…なんだかんだで書くことに…。
頑張ったので、許してください(笑)