小説
『ボクからキミに』





「えーと、何を言ってるのかよくわからないんだけど、小松くん」


断崖絶壁に囲まれた自宅で、ココは小松の思わぬ訪問を受けた。
いや、訪問自体はあらかじめ連絡があった。思いもよらなかったのは、その内容の方だった。

「失礼なお願いだっていうのはわかってるんです!でも…ココさんならわかってくれるでしょう?」
「いや、わかるよ。ていうか美食屋なら誰しも通る道だからね。」
「だから…協力して下さい!」

小松の言う「協力」とは、『自分の身体にも抗体を持ちたい』という事だった。
勿論、ココの持つ抗体を全部というわけではない。
耐えうる限りの抗体を保持したいというのだ。

「トリコさんの邪魔になりたくないんです!」

小松は美食屋ではない。
が、美食屋に同行するのならば、確かに抗体を持つに越したことはない。
IGO職員のヨハネスでも50個程度の抗体は持っている筈だ。

「あのね、小松くん。抗体っていうのは1日やそこらで持てるものじゃないんだよ?その間、シェフの仕事はどうするんだい?」
「もちろん考えています!支配人には日程の調整をして貰いました!」
「…摂取する抗体によってはキミが苦しい思いをしなくちゃならない。何日もベッドの上で過ごす事になるかもしれないよ?」
「覚悟の上です!…あ、でもそうなるとココさんの手を煩わす事になるんですよね…」

ここで初めて小松は遠慮するそぶりを見せた。
自分の身体の事よりも、相手の生活を乱す事の方が大事な小松は、やはり優しい。

「そんな事は気にしなくて良いんだけど…」

ココは小松の頼みなら、何でもきいてあげるつもりでいた。
命を捨てろ、と言われたら捨ても構わない。
小松に救われた心なら、小松のために失うのも当然だと思っている。

「なら、お願いしますココさん!」

だが、ココの言いたい事はそんな事ではなかった。
言いよどむココに構わず、小松は恥ずかしそうに続けた。

「…あのですね、ぼく、小さい頃にはしかと水疱瘡はやったんです。でもおたふく風邪はまだで…。だから、最初はおたふく風邪から抗体を持とうかなーなんて思うんですけど。あ、でも順番とかあるかもしれないですよね!ココさんにお任せします!」

キラキラと輝く瞳を向けられれば、断る理由などない。

「…わかったよ。おたふく風邪から、だね。」
「ありがとうございます!ココさん!」

ココは覚悟を決めた。
というより、ココの覚悟はとっくについていた。
問題なのはむしろ小松の方だったからだ。

「でね、小松くん。最初の質問なんだけど…」
「えーーーーーっ!今までの説明でまだわからなかったんですか?!」
「そうじゃない、そうじゃないんだ…」

少し間をおいて、ココは笑った。

「小松くんは、どうやってボクから抗体を受け取るか、考えて言ってるの?」

「…え?」

「はしかはやったって言ったよね?たぶん小さな頃、はしかにかかってる子のところに、はしかを移されに行ったんじゃないかな?」
「え…ああ、そうです…」
「同じ方法だと時間がかかるよね?」
「…ですね。」
「…病気を移す確実な方法って知ってる?」

決して子供ではない小松が、頭の中でその方法にたどり着いた頃にはもう、ココの顔は間近に迫っていた。





end☆

…もう、小松が可愛ければ何だっていいよ…。